半径5mからの環境学 なぜ鹿や猪が増えているのか? 千松信也さんに聞く 佐々木典士


近年、猪や鹿の増加による農作物の獣害について耳にする機会が増えました。京都でも2017年に平安神宮などの有名な観光地にも猪の出没が相次ぎ、たびたびニュースで話題になりました。この問題の背景を、京都の山間に暮らす猟師という目線で見つめられている千松信也さんにお聞きしました。





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千松信也(せんまつしんや)1974年兵庫生まれ。京都大学に在籍中から狩猟免許を取得し、運送業と共に猟を行っている。著作に『ぼくは猟師になった』(新潮社)、『けもの道の歩き方』(リトルモア)。最新刊は『自分の力で肉を獲る 10歳から学ぶ狩猟の世界』(旬報社)









[image error]▲京都の街中からも近く、そして家の庭からすぐに裏山に登れるという恵まれた立地のお家。まさに街と山の「間」で長年、猟を続けてこられた千松さん。







鉄砲は武士より農民が多く持っていた







──千松さんは、猪などの増加について長い時間軸でお考えになっているようですね。
たとえば江戸時代には、京都のあたりは禿山が多かったようなんですよね。当時の絵図を見てみると、草木が生えていては絶対にわからないような山の形が、正しく描かれていたりするんです。









──江戸時代と言えば自然がそのまま残っているようなイメージがあったので意外です。





京都は町の規模も大きいし、すでに禿山になるほど近くの山の木はたくさん利用されていたようです。でもそれだけ山に人が入っていたということでもあるし、そういった見晴らしのいいところは猪は本能的に避けます。でももう少し山あいの地域を見てみると、その頃から猪垣と呼ばれる石垣が作られていたり、武士より農民が持っている鉄砲の方が多かったりもして獣害対策は行われてきたんですよね。









里山で住み分けられていたというのも幻想







──獣害自体は昔からあった問題ということですね。





人間が勝手に自然を作り変えてきたことも今は裏目に出ています。明治以降は京都のような大きな町でなくても、急激な人口増加に伴って森林利用が拡大しました。そうして猪や鹿の生息域は狭められていき、戦後は乱獲もあり、その生息数も激減しました。人口が増えるに従い、建築資材としてスギ、ヒノキといった木が拡大造林政策によって植えられたのですが、奥山にあるそういった針葉樹の森は今では放置されるようになってしまいました。その森は薄暗く、動物たちの食べ物になるようなものはありません。里山には薪や炭に利用するためにドングリがなるコナラやクヌギなどを中心とした薪炭林と呼ばれる人工林がありましたが、燃料として使われなくなるにしたがってこれも伐採されず放置されるようになりました。奥山には住めないけど、里山には食べる物があるという状態で、人間が動物をおびき寄せてしまったとも言えるんですよね。また、鹿は草食動物で本来は山裾の動物なので、生息数が増えると山から出てくるのは当然です。









──鹿も猪も、人が住む近くで暮らさざるを得ない状況になってしまっているんですね。





保護政策や人間の森林利用の放棄などの影響で鹿や猪の生息数は回復し、現在は各地で獣害が大問題になっています。こう考えると山間部の農地で獣害対策をせずに農業が行えたこの100年ほどが、むしろ特殊な時代だったと言えると思います。江戸時代には狼がいましたが獣害はあった。昭和の里山は人と動物がうまく住み分けられていた時代だったというのも人間が数を一時的に減らしてしまっただけのことであって、幻想だと思います。









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[image error]▲千松さんのお家にはたくさんの生き物が飼われています。ミツバチを飼うと、熊やスズメバチが寄ってくる。鶏を飼えば、狐やアオダイショウの多さを知る。生き物を飼うことでも、身近にいる動物たちの気配を感じ取れると言います。











──京都で、人の街にまで猪が降りてきてしまっているのはなぜなんでしょうか?





猪は生息数が増えると新たな生息域を探そうとします。琵琶湖の沖島や瀬戸内海など各地で泳いでいる猪が見られたりしていますが、そうまでして新たな場所を探そうとするんですよね。そして猪が現れている箇所は、実は東山や山科といった広大な鳥獣保護区と重なります。猪は基本的にとても臆病な動物ですが、狩猟が禁止されている地域の猪だから、人に追われたり、痛い目に合わされた経験がなく、怖いとも思っていない。









[image error]▲庭から登った裏山を案内して頂きました。本当に人が住むそばで、鹿の足跡や猪の牙の跡がたくさん見つかることがわかります。







鳥獣保護区のあり方とは?







──よく猪に「襲われた」とニュースになりますが、新たに住める場所を探しているうちに街に出てしまい、混乱しているというほうが正しい認識かもしれませんね。





京都で猪が街にたくさん出始めたのは2017年以降のことなので、鳥獣保護区の中で住めるだけの猪がいよいよ飽和してきたと言えると思います。鳥獣保護区では、あらゆる動物を一律に獲ってはいけないことになっていますが、果たしてそれが、本当に自然や生態系を守ることにつながるかどうかも考えてみるべきだと思います。









──人間の手を入れないことが「自然」ではない、ともおっしゃられていますね。





里山って言われるエリアの雑木林にしても先程言ったように、すでに自然に生えている状態とは程遠い状態です。だからその歪な状態のまま自然に任せようというのは無責任ですし、それで元あった豊かな自然には戻るわけでもないと思うんです。人間がやることはいつもいろいろ間違えるし、限界があると思いますけど、それでもやはり試行錯誤を繰り返していくべきではないでしょうか。









【千松さんのおすすめ本】
武井弘一『鉄砲を手放さなかった百姓たち』(朝日新聞出版)





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多くの農民が、刀狩り以降も鉄砲を持ち、獣害対策に利用していた。昔から農民は獣害に苦慮し、戦い続けてきた歴史がわかります。









千松さんの最新刊『自分の力で肉を獲る 10歳から学ぶ狩猟の世界』(旬報社)





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Published on February 14, 2020 20:00
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Fumio Sasaki
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