デジタル絵に踏み切れないワケ


良い絵や自分の好みの絵を観た時、何だか自分でも描いてみたくてソワソワと落ち着かないような感覚になります。
多分興奮しているんでしょう。

その感覚は、
仮面ライダーを観た後にやたらと変身ポーズやライダーキック繰り出したくなったり、
プロレスを観た後にコブラツイストを極めたくなったり、
ブルース・リーの映画を観た後にヌンチャク振り回して奇声あげたくなったりするのと同じ感覚です。

要はマネしたくて仕方ないくらい興奮してるって状態です。

有り難い事に、僕にはこの仕事を30年近く続けていても、未だにマネしたくて仕方ない描き手さん達が、プロアマ年齢問わず沢山います。
見た瞬間に「うわっ!俺もこういうの描いてみたい!!」ってウズウズが止まらない、そんな作品が途切れなく目に入ってきます。
本当に有り難い事です。

その僕にとって「真似したい」と思えて興奮を覚える作品を改めて見てみると、殆んど100パーセントがアナログ絵でした。

勿論デジタル絵も素晴らしいし「凄いな…」って思うんですけど、
「真似したい!!」という自分を制御不能にする興奮とは、何かが違うんですよね。

なんだろう?
感覚でいえば完全に観客の立場で見てる感じ。
良い映画を観て素晴らしいな…と感動しているけど、じゃあそういう映画を自分でも撮ってみるかと言われたら、
「いやいや!感動したし良い映画だと思ったけど、別に自分が撮りたいワケじゃないんだよ!」
という感じ…
製作者側ではなく、読者や観客としてデジタルを見てしまっているんだよな…。
見て思うとしたら、
「描きたい!!」よりも
「そうか、これからはこういうスタイルも取り込まなくては立ち行かなくなるかもな…」
という、
能動的・自発的・衝動的に前のめりで「描きたい!」ではなく、
後手に回って理屈で思考を処理しているような、ワリと消極的な
「こう描かなきゃ…かな?」な姿勢。

そりゃ気が乗らなくてアタリマエだよなぁ~と。

多分ね、デジタルで描いたもので、自分が「真似したい!!」と理屈でなく感じられる絵と出会えたら、何の迷いもなくこのツールを選ぶと思う。

世の流れからいって、デジタル環境を導入していないのは前時代的みたいな風潮に、多少焦って合わせようとしていたのかもしれない。

今は弾きたい曲があるワケじゃないのに、とりあえずギターだけ買おうみたいな状態だったから気乗りしてなかったんだろうなぁ~

あと、これは自覚して改めて呆然としたんだけれども、僕がデジタルに感じる魅力の殆んどが、作業効率に関する事ばかりだった。

トーン代が浮いて経済的…とか
正確なパースをとるのが楽…とか
背景を合わせる作業が簡単…とか
効果線が1発で出て楽…とか
部屋が汚れない…とか
配送代が浮く…とか

挙げ連ねていくと、
「このツールでないと描けないこの絵が描きたい!!」
というド真ん中の創作衝動の核になる理由が…ゼロだった。

驚いた。

そりゃあ、移行を先延ばしにもなるわ…。

作業効率って、考えてみると一番興味の薄いとこだったもん。

確かに仕事だから効率は考えなきゃいけない部分だけれども、自分にとって漫画って仕事である前に先ずは趣味なんで、趣味って面倒な事も含めて楽しいことだから、効率でそれを省いてしまうと、自分にとっては実に味気ないモノになってしまう。

例えば、編み物が趣味だとします。
手で1つ1つ編んでいきます。
今の世ではムチャクチャ非効率的です。
じゃあその工程をパターン処理して3Dプリンターか編み機でアウトプットしましょう!!ってなると、もう趣味の部分は消滅してしまいます。

作業効率強化が悪いと言ってるワケではありません。
それにしか目が行ってなかった自分に呆然としてしまった~という話です。

だから、おそらく僕は凄く魅力的な「マネしたくてしたくて仕方ない絵・タッチ」に出会うまで、デジタルに移行しないと思います。

あぁ…多分これでも正確には伝わらないかもなぁ…
言葉って本当に難しい。
テクノロジー批判ではありません!そこだけは分かって~(^^;)








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Published on May 18, 2018 12:42
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中山昌亮
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