Toyoko Yamasaki (山崎 豊子, real name Sugimoto Toyoko; 3 November 1924 – 29 September 2013) was a Japanese novelist.
A native of Osaka, Yamasaki worked as a journalist for the Mainichi Shimbun from 1945 to 1959 after graduating from Kyoto Women's University in Japanese literature. She published her first story, Noren (1957), a story of a kelp trader, based on the experiences of her family's business. The following year, she won the Naoki Prize for her second novel Hana Noren, the story about the founder of an entertainment group. A major influence on her writings of that period was Yasushi Inoue, who was deputy head of the Mainichi Shimbun's cultural news desk.
Yamasaki wrote some stories based on actual events. For example, Futatsu no Sokoku is derived from the biography of a Japanese American David Akira Itami, and Shizumanu Taiyō is based on the Japan Airlines Flight 123 accident. Several works of hers were featured in films and television dramas.
結構流し読みしてしまったから、正直細かい描写や医学的なやりとりの全てをちゃんと読んで理解した気がしないんだけど、面白かった!長い、相変わらずとても長かったけども!ぶっちゃけ学術会議選の他大の裏会食やそれぞれの票の集め方のところはほとんど飛ばし読みしてしまったくらいだけど!(笑) この巻のハイライトはさらに財前が財前らしく、里見が里見らしくなってきて、この大河小説の柱でもある二人の対極さが顕著に現れていること。財前が医者らしく患者を診察し手術すること以上に、鵜飼にほぼ強制されるまま学術会議選のための各方面への挨拶と様々な取引の交渉と、第二審でも勝訴を確実にすべく繰り返される河野や国平らとの打ち合わせなどに時間と労力をかける一方、里見は癌センターで一つ一つの症例と丁寧に向き合いながらひたすら研究に励み、その合間を縫って佐々木庸平とその遺族のためにできる限りのことをしていた。特に、どちらも山田うめと安田太一、それぞれの患者を診察・検査・治療をしながら佐々木庸平のことを思い出し、そして、その状態や広がり方、経過は違えど、どちらの患者も胃癌(正確に言うと、安田の場合は胃噴門部の癌)であるにも関わらず、財前と里見の対応の仕方に二人の相反する医者としての生き方と価値観の違いが明白に描かれていて面白かった。どこかで「里見は理想を固めた、現実ではありえない人物」というようなことが書かれていたような気がするけど、財前もまた、モデルはいたにしても極端に描かれているんだろうと思うと、なおいっそう、財前と里見は"two sides of the same coin", "yin and yang"であり、鵜飼が2003年版のドラマでも「君たちは二人とも、生き方も考え方も全く違うが、どこか似てるところがあるね」(13話)と言うように、二人で一つなんだと思った。だからこそドラマの最終回であれほど里見派だった佐枝子が「里見先生のように、父のように、そして財前さんのように、強く生きていきたい」と言い、財前も死に際で里見に手を握られながら「二人で…二人で…」と、朦朧とする意識の中、言ったんだろう。まだ最終巻の感想もあるのに、しかも言うまでもないくらいに原作でもドラマでもはっきりと描かれているのに、こんなにもアツく語ってしまった(笑) 財前一人の変化を取っても、その変化の仕方だけに不謹慎だけど、面白かった。2巻くらいまではもはや茶番を観てるような財前のあらゆる工作や卑劣さに笑ったりもしたけど、特に学術会選が始まって、得体の知れない若くて卑しい、新しい愛人も作ってからは立ち止まって考える間もないくらいに物事のコントロールがきかなくなり、徐々に神経をすり減らし、何が何だか掴めぬまま、あれほどに腕もあり傲慢な自信家だった財前がとても不安定になり、いつのまにか痛々しくて笑っていられなくなっていた。かつては柳原のような弱く、常にくたびれているような田舎からの貧乏学生だった財前が、上へ上へと上り詰めていくうちに、彼自身も知らないうちに医学界どころか国全体に関わる政財界にも投げ込まれ、どんどん引き摺り込まれていく様が、彼の最期を知っているだけにかわいそうに思えてきた。もちろんかといってそれまで彼がしてきたことが許されるわけでは決してないけれど。