Toyoko Yamasaki (山崎 豊子, real name Sugimoto Toyoko; 3 November 1924 – 29 September 2013) was a Japanese novelist.
A native of Osaka, Yamasaki worked as a journalist for the Mainichi Shimbun from 1945 to 1959 after graduating from Kyoto Women's University in Japanese literature. She published her first story, Noren (1957), a story of a kelp trader, based on the experiences of her family's business. The following year, she won the Naoki Prize for her second novel Hana Noren, the story about the founder of an entertainment group. A major influence on her writings of that period was Yasushi Inoue, who was deputy head of the Mainichi Shimbun's cultural news desk.
Yamasaki wrote some stories based on actual events. For example, Futatsu no Sokoku is derived from the biography of a Japanese American David Akira Itami, and Shizumanu Taiyō is based on the Japan Airlines Flight 123 accident. Several works of hers were featured in films and television dramas.
2巻:教授選の最終決戦、学内工作〜財前の教授就任〜佐々木庸平、ドイツの国際外科学会出席 2巻以降は読んだことがなくて、2003年ドラマ版との相違点に度々驚かされながらグイグイ読み進めた。今回は特に里見と佐枝子との関係に一番びっくりした。ドラマの方では佐枝子の片思いで、しかも恋というよりは人として尊敬しているという気持ちの方が強く描写されているような気がしたけれど、診察の時に大胆にも上半身裸になるし、里見とお散歩行きまくるし、最後には里見の口を手で封じ、なかなか大胆な佐枝子に終始「そんなことしとったんかい!」と突っ込んでいた。里見も里見で、佐枝子の、三千代にはない芯の強さや聡明さ、自分のと似た信念を貫く彼女に、佐枝子ほどその想いはわかりやすく書かれていないけど、少しずつ惹かれていっているのが分かってちょっと戸惑った。教授就任後の財前のやりすぎなくらいの変貌ぶりにもまあまあびっくりして、「噴門癌の微妙な陰影の読影は、(中略)一種の芸術なんだよ」などポエミィな発言を投下したり(笑)、里見に話すたびに嫌味を含めたり、過剰なほどに上下関係に準じた対応を披露したりと、もはや茶番のようなシーンだらけだった。1巻の方で東が言っていたように、この世の多くは「残酷な、そして滑稽な人間喜劇」なんだと、財前だけでなく、鵜飼派と東派の最終投票に向けての様々な工作を見ていて思った。財前がどうしてああなったかというのはもちろんもっと根深い原因があるんだろうけれど、考えてみれば、そもそも財前が教授選を通してねじ曲がっていき、こんなにも複雑で歪んだ世界に身を任せ、さらなる深みに入っていくようになってしまったのも、東のプライドと嫉妬心という本当に些細なことからはじまっていた。東も財前と同じように、自分の力の及ばないもっと大きな勢い(例えば運命、生まれてきた家系)による産物だとすれば元も子もないし、その他の人物も例外ではなくなるのだけれど。ただここでわからなくなるのが里見と佐枝子。例えば財前も里見や佐枝子のような人生を辿ってきたら、二人のようになっていたのだろうか。これは多分全巻読み終えないとわからないことだけれど、里見はどの程度、この周囲の巻き起こす混乱の渦に巻き込まれているのだろうか。 今回柳原も出てきて、改めてこの作品の象徴的な人間関係のつくりに感心した。佐々木庸平のことで困っている柳原は、苦学生で、財前という脅威を恐れひれ伏しながらも、どこかでやはり何か間違っているんじゃないかと、他の医局員とは違って財前に発言していて、それはまるでかつての財前のようであり、また財前と里見という完全に相反する二人の混ざったような人物にも思える。財前と里見が多分"two sides of the same coin"であるから余計に、二人が枝分かれする前の状態であるという点からも柳原は面白いキャラクターだと思う。父親的存在ということをとっても、1巻の方で財前が言っていたように、東も又一もそれぞれ違う要素を纏った財前の「父親」であり、父親殺しという普遍的なテーマを扱っていてこの小説は本当に興味深い。 それにしても思っていたよりもスラスラ読める。山崎豊子さんの他の作品にも手を出してみようかな。